» 芋煮会創世記のブログ記事

今は昔、天婦羅はあってもまだコンプライアンスとかいう言葉が日本語にはなかった頃のことです。

某ビル某室にて、天井の火災感知器にカバーをかけている怪しい男の姿がありました。男は悪びれた様子もなく実に楽しそうにその作業を行なっていたので、発見者は悪いことをしているとは思わず、男の作業を手伝ったのでした。

そのうち、いろいろな男女がどこからともなく、鍋やガスコンロ、いろいろな食材、酒・ビールなどが持ち込まれ始めました。

その狭い部屋に集まったのは10人程度だったでしょうか。最年長と思しき男が「乾杯!」と叫び、各自が好き勝手に酒を飲み始め、ガスコンロには火がつけられ、闇鍋が始まりました。そうです。男が火災感知器にカバーをしたのは、熱や湯気で反応しないようにするためだったのでした。

闇鍋パーティは無事に終わり、参加者の証拠隠滅工作により会場は跡形もなく片付けられ、各々「もう一軒」に向かったのでした。

しかし、翌日その部屋はアルコールとおつまみと鍋のにおいが充満して、使えませんでしたとさ。その時代は、ファブリーズもありませんでした。

夕方の職場でその辺にいる人たちが適宜集まって、会費500円~1000円程度でお酒とおつまみを購入し、会社の中でわいわいがやがやと酒を飲んで親睦を深める懇親会です。酒の深さと親睦の深さはほぼ比例関係にあることが分かっています。
乞食の宴会は、事前の開催予告通知もなく、誰からともなく開始されるので、「場の創出」理論の研究者からも注目され始めています。
鍋奉行入社時には既に行われており、その発祥起源については歴史楽者の間でも諸説見解が分かれ、更なる調査研究が必要とされていますが、誰も取り合っていません。一説には、アマテラスが「天岩戸」に隠れた際に、岩戸の前に皆が「海の幸、山の幸」を持ち寄り宴会を行ったという記述が「古事記」にあることから、「古事記の宴会」が始まりではないかとも言われていますが、学会では論議を呼ぶどころか誰も相手にせず、今日も宴会が行なわれています。

天損降臨

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平成元年4月1日 天損降臨
鍋奉行「あさしひんわ」に正式採用される。組織にとっては軽い「四月バカ」のつもりが後々大変なことに・・・ 。
神話の時代に終わりを告げる。

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